山陰合同銀行

My Life is... #52

#52 有限会社 紅梅しょうゆ 松尾透さん

#52 有限会社 紅梅しょうゆ 松尾透さん

180年を超える伝統を、ふるさとで守り続ける

  • ─ 「紅梅しょうゆ」の歴史について教えてください。

     始まりは江戸時代に遡ります。三刀屋から木次に分家していた松尾家が、天保年間にルーツである三刀屋に戻り、醤油の醸造のほか、酢や酒の販売を生業として創業しました。
     社名である「紅梅しょうゆ」はもともとは屋号でした。当社のすぐ近くに、菅原道真公が九州大宰府へ配流される途中、この地で休息されたことをしのんで建てられたといわれる出雲三天神の一つである三刀屋天満宮があり、蔵人が仕込みをしていると境内に咲く美しい紅梅が見えたことから、商品に「紅梅しょうゆ」と名付け、販売してきました。
     醸造所は地震対策や衛生面の向上のため、平成9年に木次に移転しましたが、変わらない伝統の製法を守り続けています。

    ─ 会社員から醤油屋さんになったとお聞きしています。どのような経緯ですか?

     松尾家の次女である妻と結婚してこの道に入り、七代目として「紅梅しょうゆ」を継ぎました。私はこの辺りで生まれ育ち、高校は三刀屋高校。子どもの頃から家庭に地元の醤油はありましたが、まさか自分が醤油屋になるとは想像もしていませんでしたね。大学進学で神奈川県に出て、横浜の不動産会社に就職しました。次男ですし、島根に帰るつもりはなかったんです。神奈川で家庭を持って家を建てるだろうと何となく思っていました。営業やエクステリアのデザインなどを担当し、10年ほど働いた後、縁あって島根に帰ることに。最初は松江の会社に声をかけられて務めていましたが、結婚を機に三刀屋へ戻りました。

雲南の豊かな農と食を発信したい

  • ─ 未経験で醤油屋さんを継ぐのは大変だったのでは?

     会社員時代はお客様とお話しすることが多かったので、営業先や地元の方とはすぐになじめました。趣味が料理なので、話すネタがたくさんあって良かったかもしれません。
     でも、醤油づくりはゼロからのスタート。大学は商学部で経済学の知識はありましたが、発酵関係は門外漢。義父や醤油工業組合の方々から直接学びました。仕込みから入り、毎日もろみを混ぜ、ほとんど現場で覚えていきましたね。戸惑うことも多かったです。もろみを混ぜていると匂いが染みついて服から取れないんですよ。車の中も醤油の匂いになり、どこに行っても「醤油屋さんですよね」と言われるんです。アルコール発酵が盛んな時期は蔵の中にお酒の成分が漂うこともあったり…。長年続けてきましたが、まだまだ毎日が勉強です。近年は温暖化のためか春先に急に気温が上がることがあるので、仕込みの時期を調整していかなければいけませんし、これまで学んだことをベースに状況に対応していく柔軟さも必要です。

    ─ 醤油づくりへの思いを聞かせてください。

     当社では機械などで温度を人為的にコントロールはせず、四季の温度変化の中で自然に発酵・熟成させる昔ながらのやり方で醸造しています。仕込みから搾るまで短くても1年程度、二度醸造する形になる再仕込み醤油は2?3年かかります。手間がかかりますが、これがふるさとの伝統の味。大切に守りながら、地元の子どもたちに見学してもらったり、イベントでポン酢づくりを体験してもらったり、食文化を楽しく学べる機会を作っていきたいと思っています。
     経営理念は「食を通して食卓に笑顔を届けます」。雲南地域の野菜やスパイスを活用し、さまざまなシーンで楽しく食べていただける品を開発しています。これまで、木次の桜を使ったピンク色の「桜酢」、地元産の米麹の風味が効いた「醤油麹鍋スープ」やおかず味噌「白飯がすすむ食べる醤油」、雲南地域で採れた大きな鷹の爪"オロチの爪"や梅を使ったサルサソース「梅ピリサルサ」などを開発してきました。飯南町のアイスクリーム屋さんとコラボした醤油アイスは地域の方に好評です。生産者と食品加工会社をマッチングして新商品を作るプロジェクトにも参加しています。雲南の豊かな食文化とともに、農産業について知るきっかけを作っていければと思います。


  • 現場でイチから覚えていった仕込み

  • 食事を楽しくする"ちょい足し"を届けたい

  • 人気の「白飯がすすむ食べる醤油」

食卓を楽しくする、幸せな"ちょい足し"を醤油屋から

  • ─ プライベートについてお聞かせください。

     学生時代はブレイクダンス、会社員時代は営業ツールも兼ねてゴルフにハマり、スキーも好きでした。足腰を傷めると醤油造りに支障が出るので、今は続けていません。オフはもっぱら料理。子どもが小さい頃は鯛のポワレ、アクアパッツァ、パスタなどいろいろ凝っていましたね。自社のだしつゆを使った唐揚げは、家族だけでなく地域のイベントでも評判が良かったです。最近の家族のヒットメニューは油淋鶏。燻製にハマったこともあり、お酒をちびちび飲みながら燻すのが楽しかったですね。珍しい調味料を見かけたらつい買ってしまいます。この前インドネシアのハリッサを手に入れたので、使うのが楽しみです。商品開発や自社の調味料の使い方の研究もできるので、実務も兼ねた趣味と言えるかもしれません。
     雲南は中山間地域で農業が盛んなため、四季を通じていろいろな食材が手に入るのが魅力。
     多品種・少ロットの農家が多いこともあり、切ると断面がピンク色の大根や、ちょっと変わった色のイモなど珍しい野菜を分けてくださることもあって楽しいです。

    ─ 今後のビジョンをお聞かせください。

     近年の食品のニーズは、リーズナブルなものを選ぶ人、昔ながらの製法のちょっといいものを選ぶ人、二極化していると感じます。当社はそのどちらもフォローしながらおいしいものをお届けしていきたいです。例えば当社のロングセラー・こいくち醤油は、地域でご愛用いただき家庭で受け継がれる調味料になっているので、いつでも手に入る価格で変わらない味をご提供するべきだと考えます。一方で、木桶で熟成させる「ご縁醤(ごえんびしお)」や、火入れをせずしぼりたてをそのまま瓶詰めにする「再仕込み醤油(生揚げ(きあげ)醤油)」などは、手間がかかり価格帯も少し上。特別な日のご馳走やギフトとして喜ばれているので、上質な品としてニーズに応え続けていきたいです。
     食事の時間をちょっとだけ豊かにするものも開発していきたいです。忙しくて手の込んだものを作れない日もありますよね。そんな時、白いご飯が進むおかず味噌やふりかけがあると、食べる瞬間の喜びが増すはず。1日の食事は基本的に3回しかない。その1回1回を少しでも幸せなものにするお手伝いができれば…。私は縁があって醤油屋になりました。この縁を広げて、"ちょい足し"で楽しくなれるものを作りたいです。


  • 趣味と実益を兼ねた調理の時間

  • 地元の旬の食材を探すのも楽しい時間

  • 家族みんなで楽しくいただきます

  • 有限会社紅梅しょうゆ

    「有限会社紅梅しょうゆ」は天保年間から180年以上、雲南市三刀屋で醤油を造り続けています。自社仕込みの醪(もろみ)を自然な温度変化で発酵・熟成させる古式造法。家庭料理を支える縁の下の力持ちのようなスタンダードな醤油「こいくち」「うすくち」「さしみ」から、奥深い味を楽しめる天然醸造醤油、ドレッシングやおかず味噌「食べる醤油」といったオリジナル商品まで幅広く作っています。