My Life is... #57

#57 藤本米穀店 藤本真由さん

#54 藤本米穀店 藤本真由さん

子どもの頃の夢は「世界一の米屋」

  • ─ お店とご自身のことについて教えてください。

     明治26年に創業し、島根県産お米をメインに販売しています。飲食店が5割、百貨店やスーパーなど量販店が3割、本店・マルマン黒田店内の支店での店頭販売と配達・ネットでの直販が2割程度です。
     私は5代目にあたり、保育園の頃にはもう「将来は米屋になる」と言っていたようで、中学の卒業文集では「世界一の米屋になる」と宣言していました。店を継ぐものだと自然に思っていたようですね。大学は商売の基礎を知るために商学部に進みました。その後、流通の基礎を学ぶために関西で食品卸の会社に就職し、3年間経験を積んでUターン。2016年に父が代表取締役会長となり、私が代表取締役社長に就任しました。

    ─ 「ごはんソムリエ」の資格を持っているそうですが、取得したきっかけは?

     藤本米穀店のお米は産地を巡って厳選したもの。誤った扱い方のために正当に評価されなかったらもったいない!美味しく炊けないと相談されるお客様は、原因が洗いすぎや保存環境が良くないことが多いんですよ。お米本来のポテンシャルを食卓で発揮させるため、炊き方や保存方法などをアドバイスできるよう資格を取りました。農産物検査員の資格もあるので、お米の等級や品種を認定できます。原料の品質を目利きできる農産物検査員、精米を通し、お米を適した状態で提供する米屋、おいしい食べ方を教えることのできるごはんソムリエ。3つの視点から、「産地から食べ方まで」をお客様にお伝えしています。

生産者と食卓をつなぎ、農を守る

  • ─ 仕入れや販売で心掛けていることは何ですか?

     徹底しているのは、産地・生産者のもとに直接出向くことです。米屋の仕事は生産者と生活者の「橋渡し」。良いものを届けるためには、ただ仕入れて売るだけではなく、育った土地や作り手を知る必要があります。
     子どもの頃、父に連れられて田んぼを巡ったことが何度もありました。当時は直接の仕入れができず生産者に会ってもメリットはなかったのですが、父は通い続けました。それだけ品質や生産者の取り組みへ思いがあったのでしょう。
     この姿勢は創業当時から続くものです。島根のお米の品質が悪かった時代、初代は俵米品評会で全国三等賞を受賞しています。受賞した際の表彰状は昭和6年の大火(末次大火)の際にお店もお米も全て焼失した中で唯一奇跡的に残ったもので、今も額に入れて店頭に飾っています。5代目の私も、質の良いお米を届ける矜持を受け継いでいきたいです。

    ─ 販売の中心が島根のお米である理由は?

     生産者に会うことを前提にしていたら、自然と県内産が中心になりました。島根は田んぼが多いように見えますが、生産量は少なく全国の1%ほど。でも、良いものを作るために誠実に取り組んでいる農家がたくさんあるんです。例えば、吉賀町の「注連川の糧」は、高津川流域の環境を守るためにできるだけ農薬を使わずにお米を作られています。収穫量は少ないけれど作り手は地道に農を営んでいる。米・食味分析鑑定コンクールで受賞するほどのお米なのに、残念ながら知名度は低い。そういったお米を正当に評価されるルートに乗せることで、作り手を支えたいんです。
     雲南市からの依頼で吉田町のお米を台湾に輸出する事業も同様に考えています。儲けるためではなく、誠実に取り組んでいる生産者を応援するための取り組みです。米屋は生産者がいないと売るものがなくなってしまう。地域の農を守るのは米屋の使命だと考えています。


  • 精米の前にしっかりと玄米の状態を確認

  • 受注状況や在庫状況確認の事務作業

  • 倉庫からフォークリフトを使って運び出します

お米が繋げる人の縁、豊かな人生

  • ─ プライベートはどのように過ごされていますか?

     バスケットボールが好きで、島根スサノオマジックを応援しています。選手が来店してくれることも多いんですよ。うちのお米を体づくりに役立ててほしいです。
     中学からベースを始めてバンドで演奏していました。最近では、商工会議所の青年部でバンドを結成して地元の祭りのステージで演奏しました。仕事と趣味を通じて地元の人と仲良くなれ、共通の話題で楽しめるのはいいですね。
     趣味の時間も出かけているときも、頭の中にあるのは「お米」。外食先では炊き方をチェックし、旅先でも良いお米があれば試し、移動中は企画を考えて…。仕事人間ですが、米屋であることが趣味や人との縁にもリンクしているので、結果的に人生が豊かになっているように思います。

    ─ ご家族について教えてください。

     2歳の長女と0歳の長男、妻と暮らしています。子どもにはいろいろな経験をさせたいので、休日はできるだけ出かけるようにしています。生産者を訪問するときに連れて行くこともあります。食の面も、お米に限らず色々なものを食べて楽しんでほしいです。
     妻は元観光ガイド。本店で社員として働きながら、司会業や「山陰いいもの探県隊」など幅広く活動しています。観光情報や特産品に詳しく、調理師免許も持っている多彩な女性。企画や商品開発などにも携わっていて、今は米粉スイーツを開発中です。

時代に沿った経営・企画で「おいしい」を届け続ける

  • ─ 経営者として心掛けていることを教えてください。

     スタッフのほとんどが私より社歴が長く、中核となる男性社員は40~50代。2代目の時代から働いてくれている70代の女性もいます。ベテラン陣は昔ながらの働き方が定着しているようですが、時代に合ったスタイルに変えていくべき部分もあり、ライフステージに働き方を合わせる必要もあるので、徐々に改革を進めています。ほかの会社を見てきた私だから気がつく改善点もあると思います。残業をせず営業時間内で業務が完了できるようになっていますが、休暇をどんどん取ってもらいたいので毎日のように声がけをしています。

    ─ 今後のビジョンを教えてください。

     人口減少の時代、生米を袋に詰めて売るだけでは事業継続が難しい。そこで必要なのは、価格を下げるのではなく付加価値をつけていくこと。今は米粉商品の展開や、ギフトとしてのパッケージングなどを考えています。昨年始めた2合パックの「キューブ米」は予想以上の売れ行きで、半年ほどで3000個以上を販売。少量パックやおみやげなどに可能性があると思います。米の生産量が少ない島根で、私たちの扱う厳選米はさらにマニアックな部分。県内外の食にこだわりのある人に上手くリーチできれば、生産者も消費者も幸せになれるはず。今後も自分ができる「橋渡し」を追求し続けます。


  • 米屋の息子の結婚式らしくファーストバイトはおにぎりで

  • 商工会議所青年部の仲間とバスケットボールを楽しんでいます

  • 松江のイベントに商工会議所青年部のメンバーとバンド出演

  • 藤本米穀店

    明治26年の創業以来、地元島根のお米を中心に商いを続けています。
    仁多米をはじめ、厳選したこだわり米を中心に取り扱っています。
    出来るだけ自分で産地を訪ね、生産者さんとお会いすることを大切にしています。
    そのため、島根県内でも当店でしか扱っていないお米が多数あります。
    島根県は東西に長く、さらに島もあり、 海も山もあります。
    自然豊かな環境の中、手間ひまと愛情を込めて 作られたお米たち。
    地元・島根のお米専門店として、そんなお米たちを紹介していきたいと思います。
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